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南海トラフ巨大地震に備える「20秒の価値」
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11ネット 顔の見える士業等のネットワーク 企業保険の11ネット/リスクコンサルタント 礒村 安倫
南海トラフ巨大地震は、日本列島の広い範囲に壊滅的な被害をもたらす可能性があると想定されています。近年では、海底地震計の設置によって地震の初動を最大20秒早く検知できる「南海トラフ速報」が注目を集めています。この20秒という時間は一見わずかに思えますが、人命を守るうえで非常に大きな意味を持っています。例えばボクサーがKOされるのは、強いパンチを受けた場合だけではなく、不意に見えない方向から打たれた瞬間に多いです。つまり、「来る」とわかって心の準備ができているかどうかが、生死を分ける要因になるのです。 地震速報によって揺れが来ることを事前に知ることで、私たちは頭を守る、機械を停止する、避難経路を確保するなどの初期行動を取ることができます。研究によると、揺れが到達する前に10〜20秒の猶予があれば、建物内での倒壊や落下物による被害を3〜4割減少させることができるとされています。特に新幹線の自動停止、工場ラインの緊急停止、学校や病院での一時避難行動など、さまざまな現場で人的被害を大幅に軽減できる可能性があります。つまり、この20秒は「命を守るための準備の時間」であり、社会全体で即応できる体制を整えることが重要なのです。 それでは、企業においてこの速報を活用した避難訓練はどのように行うべきでしょうか。まず大切なのは、「即時判断」と「自動化」です。人の判断に頼らず、速報を受信した瞬間に照明の点滅やアラーム、エレベーター停止、機械の自動停止などが作動する仕組みを構築することが求められます。そして、従業員は速報音を聞いた瞬間に身を守る行動を取るという一連の動作を、定期的な訓練によって身体に覚え込ませる必要があります。避難訓練の目的は単に逃げることではなく、「その瞬間に最善の行動を自動的に取れるようにすること」です。わずか20秒の間に、何を最優先に行うのかを考えて、その行動シナリオを明確にしておくことが、企業の防災体制の要になります。もしこのような速報システムを導入せず、結果として従業員や顧客に被害が発生した場合、企業は「想定可能なリスクへの未対応」として社会的・法的責任を問われる可能性があります。特にBCP(事業継続計画)の観点から見ても、技術的に可能な安全対策を知りながら導入しなかった判断は、経営上の過失とみなされる恐れがあります。災害対策は単なる備品やマニュアルの整備ではなく、「想定」と「行動」を具体的に結びつけることが重要です。 企業がまず取り組むべきことは、リスクを洗い出し、どのような被害がどの規模で発生しうるかを数値で「想定」することです。次に、復旧までにかかる期間とコストを見積もり、対策の優先順位を定めて「行動計画」を策定します。最も重要なのは、「時間」を軸にすべてを設計することです。被災の瞬間から何秒後に何を行うか、どの部署が何分以内に復旧対応を開始できるかです。これを具体的に定義しなければ、BCPは実効性を持ちません。 防災とは、技術と心の準備を時間軸で結びつけることです。この20秒の先には、救える命と守れる企業の未来があります。
以上
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